2013年2月27日水曜日

柏木麻希『偽りなき者』

先日、ひと足先に3月公開の映画「偽りなき者」を観てきました。
今日はそのご紹介をさせて頂きますね。

「偽りなき者」という邦題が本当にピッタリな映画です。
ただルーカスが、その「偽りなき者」であることを証明するために、
逃げることなく、何事にもひたすら耐えて耐えて耐え続ける姿は、
観ていてすごく苦しかったです。
一人のこどもが話した些細な妄想話。
それをただ1人が事実だと思い込み、
それが小さな村全体に広がり、主人公を苦しみの底なし沼へと引きづりこむ…
身近に起こりうる、フィクションより断然怖いサスペンスに感じました。



「こどもは嘘をつかない」
この固定観念によって、真実がどこにあるかを見ようとしない大人たちの姿は、滑稽にすら見えてしまいました。でも、自分もきっと、子供の話を信じてしまうと思うので笑えないどころか、怖かったです。自分にも娘がいるのですが、もし、クララのように虐待を匂わすことをつぶやいたら、きっと冷静ではいられないと思います。ルーカスにも、クララにも、クララの両親にも、そして村の人達にも自分はなり得ると思ったら、さらに怖くなりました。
ただ、この映画を観ていて、苦しいばかりではなかったです。ルーカスとマルクスの親子水入らずのシーンは、疑いも、裏切りも、偏見もない、真実と信頼だけがあって、ホッとして、親子っていいなぁって思いました。
ラストシーンでは、まだまだルーカスは戦い続けなければならないことを暗示してるようで、後を引きますね。見終わってからも、逃げることもできたはずなのに、なぜルーカスは耐え続けたのか…考えてました。集団というのは、力強い時もあるけど、今回のように怖い時もありますよね。自分が、ルーカスのように、集団から疎外されることに負けない強さを持っていれば逃げたくないけれど、私は自信がないです。ただ、我が子を守るために、偽りなき自分を証明するならば、誰にも負けない自信があるので、ルーカスのように逃げないんじゃないかと思うんです。
なので、ルーカスもマルクスの父親として、マルクスを守るために、逃げなかったんじゃないかと思いました。
本当にいろいろ考えさせられました。

「偽りなき者」は3月16日伏見ミリオン座ほかにて全国公開です。